いろは丸は 自力航行不能となり、 明光丸が船舶の修理施設の 整った、 鞆の浦まで 曳航することとなったが 雨風が強くなり、 翌日早朝、 宇治島沖合で 船は沈没した。 坂本龍馬はじめ 海援隊士など いろは丸乗組員は 全員明光丸に 移っており、 死者はいなかったという。