島の散歩

いろは丸は
自力航行不能となり、
明光丸が船舶の修理施設の
整った、
鞆の浦まで
曳航することとなったが
雨風が強くなり、
翌日早朝、
宇治島沖合で
船は沈没した。

坂本龍馬はじめ
海援隊士など
いろは丸乗組員は
全員明光丸に
移っており、
死者はいなかったという。

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